もはや日記とかそういう次元ではない

2017年も宜しくお願い致します。

私はレコメンド機能に殺されてしまうのかもしれない

 

怯えている。facebookの「知り合いかも」に始まったことではない。自分に最適化されたものを次々と、色々なサイトがレコメンドしてきて、死にそうになっている

 

 

 

まず、Amazonの買い物が止まらない。

 

「よく一緒に購入されている商品」とか「この商品を買った人はこんな商品も買っています」とか言われると「んん〜、了解でええ〜す♡」という感じでドンドン買ってしまう。私の理性の無さと判断力の無さにつけこんで、次々と余計な物品を押し付けてくる

 

部屋には手付かずの本が山積みになり、掃除機やドライヤーと言った家電が跋扈し、謎の置物達が群れを成して繁栄している。理性無き男の末路。浪費がすごい。

 

理性無き浪費家。

 

 

 

 

 

Amazonだけではない。Youtubeの「関連動画」の欄も恐ろしい。

 

関連動画欄には、いま再生している動画と直接的に関連している動画だけでなく、自分が興味関心を持つであろうポテンシャルの高い動画が陳列されている。

 

過去に自分が観た動画から自分という人間のペルソナが丁寧に分析され、最適な動画が割り出されているのだ。そこを漁り続けると何が起こるかと言うと、「無限ループ」が起こるのである。

 

お笑いの動画を見ていると関連動画には同じ芸人の違う漫才の他に、格闘技の動画が紛れ込む。お笑いに飽きた頃に格闘技を見始め、格闘技の動画を一通り漁ることになり、それにも飽きると格闘技の関連動画に、スポーツのスーパープレイ集が出現する。スーパープレイ集をいくつか見て飽きてきたなと思うと、なんとその関連動画に、お笑いの動画が出てくるのだ。その頃にはお笑いを欲しているから、改めてお笑いを漁り始めることになる

 

こうして男性は、エバーラスティング無限フォーエバー輪廻インフィニティ永遠ループマンとなるのだ

 

 

 

理性無き浪費家でありながら、同時に、エバーラスティング無限フォーエバー輪廻インフィニティ永遠ループマン。

 

 

 

  

 

そしてAmazonやYoutubeよりも恐ろしいのは何と言ってもブログの記事下等によくついている「合わせて読みたい」という謎のレコメンド。「合わせて読みたい」

 

 

これもオススメですとか、これが関連動画です、と言った、“ユーザーと相対している何者かによる助言” というスタンスをついにかなぐり捨て、とうとう、こちらの心境を何の許可もなく代理で宣言し始める始末。

 

合わせて読みたいのかどうかは本来こちらが決めるはずだが、こちらの心境はもう、あちらに主導権があるのだ。謎の代理宣言。「合わせて読みたい」「合わせて読みたい」

 

全然読みたくも何ともないのに、何度も代理で宣言をされると、自分は合わせて読みたいんじゃないだろうかと思えてくる。だから読む。読みたい。相手の思うがままだ。

 

 

きっとこの代理宣言方式のレコメンドは加速し、いずれは「もう1つ買いたい」「2個や3個では満足出来ない」「この置物は10個は欲しいと思っている」等々、こちらが1ミリも思っていないことを次々と、声高に宣言してくるに違いない。洗脳。その度に、私はそうかもしれないと思って、次々と買っていくだろう

 

その後レコメンド機能は進化し、「そろそろオシッコがしたい」とか「飲み会に行くのが面倒くさい」と言った余計な気持ちまで代理で宣言されるようになる。ユーザーの状態を細かく分析し、秀逸なレコメンドが現れるようになるのだ。そして最終的に「もう思い残したことは何もない無い」や、「母さん、元気かな」と言った謎の心境までもがレコメン欄に表示されるようになる。

  

 

もうここまでくるとそれはレコメンドなのかどうか、その文字をクリックすると何が起こるのか、そのあたりがサッパり分からないが、少なくともその時には私は何一つとして意思を持たないデクノボウと化し、ただただコンピュータのレコメンド通りの感情を追随する簡素なマシーネリーと化しているだろう

 

全ては、レコメンド機能の仰せの通りに。全てはあなたの思うがままに。ええ、わたくしはあれです。マインドコントロールされた浪費の激しい理性無きエバーラスティング無限フォーエバー輪廻インフィニティ永遠ループマン a.k.a 母さん元気かな 

 

 

寝ます。