もはや日記とかそういう次元ではない

そう、それは日記という既存の枠組みに一切捕われることのない、余りにも宇宙的でユニバースな、それでいてユニバーサルでユニセックスでリバーシブルな、日々の出来事を綴る、例のあれ。日記。

遅刻したが、発狂したフリをしたら許された

 寝坊した。起きたら10:30だった

 

 

会社のメンバー6人での集まりがあった。六本木に10:00

 

 

10:30に起きてしまった俺が、10:00に間に合う可能性はどうか。はっきり言おう。極めて低い

 

 

 

 

まず物凄い勢いでこのベットから飛び起きたとする

 

1分で寝癖をとかし、30秒で歯を磨く、30秒でコンタクトを装着し、1分で服を着て家を出たとして、10:33。 そこから、かなり急がないと10:00に間に合わない。恐らく、ただガムシャラに急ぐだけではダメだろう。最低でも時空を、出来れば次元を超える必要がある

 

俺は時空を超えるべくいつもの大通りでタクシーを拾い、目的地と目標時間を告げる。おやおや、また戻すのかい?運ちゃんはニヤリと笑いアクセルをふんだ。赤信号を目の前に、留まるところを知らず加速するタクシーの速度は200km/hを超える。意識が朦朧とし、窓の外は虹色になった。タクシーが進んでいるのか戻っているのか、それすらも定かではない。時速は700億km/hを超えている。時間がみるみるうちに戻っていく。08:40? よしよし、集合まで、まだ眠れるじゃないか。 え…?1644年…? 

 

 

ベットの上で妄想にひたりニヤニヤしながらヨダレを垂らしていたら、10:32になっていた。2分進んでいる。ヨダレを垂らしている間も、事態は着実に悪化している。

 

そろそろ、どうするのか真剣に考えないといけない

 

 

 

 

 

ちなみに寝坊したことに絶望するのは、高い倫理観によるものではない。ただ単に、うちの会社に「社内の集まりに遅れると昼飯を奢らないといけない」というルールが存在するからだ

 

 

 

遅れなかった者全員に対して、遅れた者が昼飯を奢る。

 

 

 

昼飯のグレードは、遅刻の理由の「悪質さ」や、遅刻した時間の「長さ」に応じて、議論を経て決定する。過去には、1人5000円の高級ランチを奢らされた者もいた。

 

 

電車の遅延や体長不良による遅刻は免除になるのか?その辺りも全て、あくまで議論の対象だ。遅刻した者と遅刻しなかった者による議論は壮絶を極め、この日々のディベートにより社員全員の交渉力が磨かれている

 

 

 

遅刻者:

「今回は、電車が遅れたので、免除という形でお願いします」 

 

 

遅刻しなかった者:

「そもそも、電車が1分でも遅れれば遅刻するような時間に家を出たことが、間違ってるんじゃないか?

 電車の遅れは日常的で、およそ想定外とは言い難い。数分の遅れは見込んで行動すべきと思う。」

 

 

遅刻者:

「では、次回以降、 “電車遅延での免除は無し”、というルールを新たに想定しよう。今回は初回なので、免除が妥当かと思うが。」

 

 

遅刻しなかった者:

「初回だから、決まりがなかったから、という理由だけで免除になるのはどうなのか。

じゃあ次に、アラームが壊れていたという理由で遅刻したやつが出たとして、アラームに関する決まりが無いから初回は免除、と言い始めたらどうか?ルールに明記されていない新たな理由が “聖域” になるのは良く無い。

やはり今回の遅刻者は、昼飯を奢るべきだと思う。」

 

 

 

 

 

 

昼飯をめぐり、数多のディベートをしてきた俺は、ただの寝坊で1時間近く遅れるこの状況が極めて劣勢なそれであることを充分に理解していた

 

しかも10:30になるまで何も返信をしていないのだから、もう電車がどうとか外部の要因がどうとか、言えたもんじゃない。極めて悪質な寝坊。極めて悪質な寝坊以外の、なにものでもない

  

 

もうこれは、ディベートの前から完全に勝負が決まってしまっているタイプのやつだ。俺が支払う昼飯代は、恐ろしいことになる

 

 

既に、他のメンバーによって高級フレンチが予約されているかもしれない。「ホワレのペンネのマリネ  〜ウイキョウのピューレを添えて」みたいなやつがバコバコ運ばれてくるんだ   

これ見よがしにシャンペーニュを頼む奴だって出現しかねない

 

 

 

 

 

自分以外の5人が時間通りに来ていたことをライングループで確認してから1人、暗い部屋で有効なロジックを探す

 

「ロジック」などと格好つけて呼んでいる場合か? 「言い訳」だ。  素晴らしい言い訳は、ないものか

 

 

いくつものパターンを考え、しかしどれも効果的ではないと判断した俺は、どうにか昼飯を回避すべく、一か八か「発狂する」ことにした。

 

前代未聞の釈明文を、送信する

 

 

 

 

 

 

「皆さん、集まりに遅れてしまい誠に申し訳ない。

 

申し訳ないという気持ちの強さは、いま、異次元とも言える領域に達している。

 

 

今回のこの集まりに何の連絡もなく遅れるというのは、人類がこれまで犯してきた過ちの中でも、最も罪の重いものであると言えると思う。これだけのことをしておいて、“昼飯を奢る” 程度で済まされてはいけないだろう。

 

 

前日にも確認したはずのこの大切な集まりに、なぜ堂々と遅れるのか? なぜ、遅れることが出来てしまうのか?

俺には、正直全く理解が出来ない。常人とは思えない。

 

 

これは、文字通り、『死』に値するレベルで、この遅刻が原因で皆さんが俺を殺したとしても、皆さんが法的に罰せられることは無いだろうと思う。

 

一思いに、殺して欲しい。

 

 

俺の一族もろとも、皆殺しにして欲しい。

本当に、今まで、ありがとう。」

 

 

 

 

「そこまですることはないよ、マナトが死んだら悲しすぎる。

 

もっとも、悲しむ人はたくさんいるし、その人たちの悲しみの発端をうちの会社で背負うことはできない。

 

むしろ、その恥を受け入れて生きることこそ、“人として生きる”ってことじゃないかな。

 

さあ、昼飯のグレードを、議論しよう。」

 

 

 

 

 

「俺も、当初は、皆さんに昼飯をご馳走することでどうにか出来ないか、と考えた。

  

しかし、よく考えてみれば、自分の犯してしまった罪は、その罪深さは、昼飯ごときで相殺されてはならない類いのものだ。

 

むしろ、“昼飯で許して貰おう” などという汚い考えが脳裏によぎった事自体、俺が人間として堕落しきっていることの証しだろう。

 

 

この期に及んで、姑息な、醜い対応しか思いつかなかった自分を、心底恥じている。

振り返れば恥の多い、いや恥しか無い人生だった。所詮、そんなことしか考えられない人間だったのだ。生きている意味など無い。否、人間ですらない。

 

 

取り返しのつかない罪を犯しそれを昼飯で償うという歪な事例がまかり通った時、今後このような悪質な犯罪行為がエスカレートするだろう。我々の文化は終焉へと向かい始める。俺たちはいま、岐路に立っている。こんな腐敗臭漂う妖怪の為に、お前達全員が、俺たちの作り上げた文化が、犠牲になることはない。

 

 

殺してくれ。」

 

 

 

  

「そこまで自分の非を認めているなら、死ぬことはないよ。

 

昼飯のグレードを決めようじゃないか。」

 

 

 

「違う、そうじゃない。殺してくれ。 はやく殺してくれ。」

 

 

「…」

 

 

 

 

 

気の触れたメンヘラと化した俺は意味不明な供述を繰り返し、殺せ殺せと言いながら意味不明な顔文字とスタンプを乱発した。そして、結果的に、なぜだか分からないが、

 

 

 

 

昼飯ペナルティを、回避することに成功した

 

  

 

 

 

 

 

そう、多くの人は薄々感づいていると思うが、この世の中は、「頭のイカれた人が結果的に得をしてしまう」ように設計されている。

 

  

常識的で頭の良い人ほど、精神の錯乱したクレイジーを相手にする際の “精神的コスト” や “時間的コスト” を正しく算出することが出来る。それがバカにならないことを、知っている

 

 

キチガイから害を被ったとしても、彼らに償わせるよう働きかけるより無視したり放置したりする方がトータルでの効用が高いという判断になるのだ。

程度の差はあれど、“常識的であること” と “個人の得” とがトレードオフの関係になってしまうということは、多いにありえる。良くも悪くも、そこに歪が存在する

 

 

 

 

 

皆さんも、劣勢に立たされたなと思ったら、一思いに「発狂して」欲しい

 

 

 

「ブッっヒョ和え和終え大エアオオオオオあじょえかうぇv〜!!!!!!」と叫びながら、全裸になってブリブリと脱糞し、その糞をモグモグと食べるのだ。断言しよう、その時、あなたの意見は、

 

 

 

 

 

 

 

まかり通る。

 

 

 

 

 

 

 

 

ブリブリして、モグモグする。

 

 

これで万事、上手くいく。ええ、本当ですとも。