もはや日記とかそういう次元ではない

そう、それは日記という既存の枠組みに一切捕われることのない、余りにも宇宙的でユニバースな、それでいてユニバーサルでユニセックスでリバーシブルな、日々の出来事を綴る、例のあれ。日記。

「オチンポ」は卑猥な下ネタでも何でもない。大丈夫。

 

卑猥な下ネタでもなんでもないので、本文では、「オチンポ」を「オチ○ポ」と表記したり「オ○ンポ」と表記したりはしないものとする。ここまで堂々と「オチンポ」と表記されている論文は現代では珍しく、多少驚かれるかもしれないが、すぐに慣れると思うのでご容赦頂きたい。

 

 

 

それは大学生の頃。僕は「オチンポ」という単語を、とある外国人男性に教えた。スウェーデンから日本に留学に来ていた優秀な学生で、長身の金髪。ダニエル。その端整なルックスは大学デビューもままならない挙動不審な学生達の中にあって異彩を放ち、彼は学内でかなりの有名人だった。CGかのような美しい外見からついたあだ名は、「ファイナルファンタジー」

 

突然日本に現れたダニエルは、右も左も分からない異国の地で、不運にも僕を友達に選んだようだった。僕は異文化交流に興味があったわけではないが、イケメン外国人と友達だと思われているだけで自分の地位があがったようで、それが嬉しく、鼻高々だった。なんて貧相な考え方なんだろうか。我ながら恐ろしい

 

 

 

 

そんな僕に、ダニエルは日本人の女性と仲良くなる為にはどうしたら良いかと熱心に聞いてくる。どうにかイケてる日本語を話してナンパしたい。日本語のイケてるスラングを教えて欲しいんだ、KUMAGAI。

 

そんな熱心な彼に対して伝説のスラングである「オチンポ」を教えた。これは僕の人間性の低さと無限の悪意こそが為せた偉業だろう。ダニエル、オチンポというのは若者が使う言葉で、よう元気かい?という意味なんだ。ワッツアップ!みたいな感じかな。特にイケてる男子が、女子に対して使う言葉なんだ。だからダニエルにぴったり。疑問系で、爽やかに聞くんだぞ。「Hi, オチンポ?」という感じだ。

 

発音に注意してくれ。It’s Not like O-TIMPO, but  O-CHEEEEEEMPO!!!!! ドゥーユーあんだーすたんド?!

 

 

 

 

 

 

それから数日と経たず、界隈はある恐ろしい都市伝説で持ち切りになった。正門前で、超絶イケメンの金髪外国人が、眩し過ぎる笑顔を振り撒きながら、オチンポ?と聞いてくるらしい。明らかにオチンポでも何でも無い女子大学生に対し、なりふり構わず「オチンポなのかどうか」を確認してくる外国人男性。多くの場合、答えはNOだろう。しかし外国人男性は引き続き楽しそうにオチンポ?オチンポ?と連呼し、その後、英語を話し始める。

 

 

どこからともなく伝わってくる噂を聞いて、僕は一人で笑い転げた。あかん、これは、ホンマにあかんやつや。ああダニエルくん、これで君も性犯罪者だ、ハ〜ッッハッハ

 

 

 

 

 

明くる日、いつものように時計台の前で昼食をとっていると、ダニエルが近づいて来たので、僕の身体は緊張でこわばった。まずい。彼を騙したのだ。殴られるかもしれない。殴られたくない。でも殴られるだろう。いや、殴られてしかるべきだ。殴られよう。おとなしく殴られよう

 

 

しかしダニエルは怒っていないどころか満面の笑みで言う。KUMAGAI、本当に有難う、オチンポは最高だよ。最高だ!たぶんオチンポはワッツアップとは少し意味が違うみたいで、皆どこか恥ずかしがっているようだったけど、僕がオチンポと言うだけで、物凄い笑いがとれたんだ!信じられないくらい反応が良かったよ。男女問わず友達が増えたんだ!間違い無く最高のスラングだよ!!

 

 

 

 

 

彼に卑猥な単語を言わせて性犯罪者にしてやろうグフフと思っていたS級犯罪者の僕は、渾身のカウンターパンチを喰らって身悶えした。オチンポは彼を貶めるどころか、彼の魅力をさらに引き立てた。近寄り難いという彼の唯一にして最大の難点を克服し、お茶目で可愛い側面を付与するに当たって、「オチンポ」という単語は最適解だったようだ。

 

きっと、「こんにちは」でも「はじめまして」でも役不足、オチンポが、オチンポだけが正解だったのだ。

 

 

 

 

 

その日の出来事は僕にとって衝撃的だった。「オチンポ」という単語を見知らぬ人の前で言えば、その人間はドン引きされ変態野郎と言われる。これが僕の持つ常識だった。しかし、しかるべき局面でしかるべき人間が言えば、なんと、オチンポもポジティブに解釈されうる。

 

 

そう、それはまるで気持ち悪い男性が異臭を放ちながら言う「おっぱい」がセクハラに当たるのに対して、福山雅治が言う「おっぱい」はセクハラに該当しないのと同じように。

 

思春期の男達の言う「おっぱい」にはギラギラした性欲が感じられるのに対し、赤ちゃんがママにおねだりする「おっぱい」からは、ギラギラした性欲はあまり感じられないのと同じように。

 

 

 

 

 

 

つまるところ、「オチンポ」の意味は、文脈の中にしか存在し得ない。オチンポという単語を卑しいものにしてきたのは他でもない、自分自身だったのだ。オチンポに何かしらの意味を与えるもの、それは会話の流れであり、タイミングであり、身なりであり、思想であり、本人のスタンスなのだ。

僕はオチンポという単語の正確な意味を理解していなかった。オチンポとは、それ自体は、卑猥な下ネタでも何でも無い。

 

 

オチンポという単語それ自体を卑猥だと思い込み、卑猥だ卑猥だ卑猥だ卑猥だと思うことで「オチ○ポ」などと表記してしまうことにより、「自分自身がそれを卑猥だと思っていますよ」という卑猥な考えが「オチ○ポ」から我慢汁のように滲み出てしまった時、その時ついに、オチンポは卑猥になるのだ。

 

そう、一切の躊躇なく、堂々と繰り出される「オチンポ」には一切の卑猥さも嫌らしさも無く、むしろそれはチャーミングでプリティ、クールでラブリー。

 

 

それを僕に教えてくれたのは、ダニエルだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日以来、僕はオチンポの魅力に取り憑かれた。

 

「オチンポ」という単語それ自体は別に良くも悪くも卑しくも嫌らしくもなんでも無い筈だという確信が、言ってはいけないシーンでオチンポという単語を繰り出す原動力になった。見知らぬ女性の前で、目上の人の前で、ビジネスシーンで。目を凝らせば、機会は無数に転がっている。オチンポチャ〜〜〜ンス!!

 

 

 

しかし現実は甘く無い。何気なくオチンポと言ってみてはドン引きされ、満を持してオチンポと言ってはドン引きされる。そんなことを繰り返した。だが僕のオチンポは決して折れなかった。

 

もっと良いオチンポの言い方がある筈だ。未だ見ぬオチンポがある。今回はドン引きさせてしまったが、オチンポという単語自体に責任を擦り付けてはいけない。文脈だ、全ては文脈なのだ。ダニエルが教えてくれたんだ。完璧なオチンポを繰り出すんだ。できる、できるぞ!!オチンポ!! おちんぽ!!!諦めるな!!!!オッチぃぃぃぃぃいンポおおおおおおおおおお!!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オチンポというのは、いついかなる時も卑猥な下ネタであり、いついかなる時もオゲレツで低俗なワードである。」

 

 

ダニエルにオチンポの意味を教えてもらってから、かれこれ10年が経ち、数多のオチンポ実験、実験の数に等しい数の無惨な失敗を繰り返してきたことで、最近になってようやく僕もこの偉大な真実に気付いた。間違いない。オチンポが許される文脈など、この世には存在しない。オチンポはダメ。絶対ダメ。

相当な時間をかけて、ついにこの基本的な常識を得るに至った。ようやく、皆さんに追いつくことが出来た。

 

 

オチンポの意味は文脈が決める? ふざけたことをぬかしてる阿呆を、今ではブチ殺してやりたい。オチンポの意味は文脈が決めるのではない。オチンポはいつだってオチンポ。肉棒だ。

 

 

 

 

 

 

いいかい。人様の前で、「オチンポ」と口に出して言ってはいけない。たくさんの人が見るところに書いてもいけない。いかなる文脈でも人格を疑われてしまう。それは、常にセクハラに該当する。

 

なぜならば、オチンポはワッツアップではないどころか、ペニスの意味なのだ。それは会話の流れ、タイミング、身なり、思想、スタンス、それらを補って余りあるほどにペニスなのであり、あまりにもペニスなのである。それはワイセツの塊であり、卑猥な下ネタの典型例であり、徹底的にペニスなのである。

 

 

 

 

 

理論上、嫌らしくないオチンポが、つまり「良いオチンポ」が存在するはずであると、あの日のダニエルは声高に提唱し、それを見事に証明して見せた。しかしその後、地球上のどこを探しても良いオチンポは見つからない。

  

理論の上では存在し、実際にはどこにもない。良いオチンポは、虚数だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

今となっては、本文にオチンポオチンポと堂々と表記してきたことが、本当に恥ずかしい。親族も取引先も見ている。「卑猥な下ネタではないので、オチ○ポとは表記しないものとする」というトチ狂った選手宣誓を、ただただ悔いるばかり。一体全体、何回オチンポと書いてしまっただろう? 今からでも遅く無い、全て「オチ○ポ」に書き直すべきだ。

 

 

 

 

しかし、文中の「オチンポ」を見つけては「ン」を消して「○」を入れる作業をするアラサーの男性の惨めさと言ったらない。その作業は、恐らくオチンポと何度も表記してしまう恥ずかしさの更に上をいく恥辱行為だろう。そんなことは出来ない。今となっては、逃げ場はどこにもない。追いつめられた。おいチンポめられた。はっはっは。死にま〜す