もはや日記とかそういう次元ではない

そう、それは日記という既存の枠組みに一切捕われることのない、余りにも宇宙的でユニバースな、それでいてユニバーサルでユニセックスでリバーシブルな、日々の出来事を綴る、例のあれ。日記。

PPAPという危険思想

 

恐ろしい動画がシェアされている。配信しているのは、ピコ太郎という思想家。この動画は、ペンとアップルとパイナップルを用いて人間の精神を崩壊させ、危険な思想を蔓延させることを目的としている。

 

 

手順は、極めて巧妙だ 

 

 

1:パラダイムへの反骨

 TutuTutu Tututu~ と独特のリズムに合わせて40代とみられる男性、ピコ太郎が現れ、架空のペンと架空のアップルを取り出すところから動画はスタートする。どうするんだろう?とこちらが考える暇もなく、彼はアップルめがけてペンを思い切り突き刺す。

 

 

「アップルペン」

 

 

我々にはそれが、ペンの刺さったアップル、つまり「ペンアップル」に見えるのだが、彼はそれが「アップルの付着したペン、すなわちアップルペンなのである」と説く。ペンを主体とし、アップルを形容詞として用いたのだ。彼の斬新な理論を前に、我々は驚きを隠せない。

 

普通に考えれば、アップルが本体だ。アップルはバラ科リンゴ属の落葉高木樹になる果実であり、それは広義での「生物」だ。人間の仲間である。ペンという下等な無機物ではなく、やはり生物であるアップルという同志を主体として考えるのが、ペンアップルと呼んでやるのが人間としての常識的な発想だろう。

 

仮に、「剣が心臓に突き刺ささって死んでしまった人」がいるとして、その、「剣が突き刺さった状態の死体」が目の前にあったとする。あちらに御座います剣と死体がくっついた物体は何ですか?と聞かれれば、一般的な思想を持つ人間は「剣の突き刺さった死体です」と答えるだろう。生物が主体、それが普通なのだ。

 

しかし、ピコ太郎の発想は、全く違う。「ああ、あれは死体の付着した、剣ですよ。」

 

 

 

「ちょうど、ペンで殺されたアップルの死体が、アップルペンなのと同じようにね。」

 

 

 

 

2:疑念の醸成

TutuTutu Tututu~

 

独特のビートは流れ続け、彼は次に、架空のペンと、架空のパイナップルを取り出す。まさかとこちらが思う暇もなく、彼はそのペンをパイナップルにぐさりと突き刺す。パイナップルは急所をひと突きにされ、死んでしまう。血まみれのパイナップルを一瞥して、ピコ太郎は言う。

 

 

 

「パイナップルペン」

 

 

 

 

ペン。

 

やはりペンだ。この物体は、ペンパイナップルというパイナップルではない。あくまで、主体はペンなのだ。

 

 

しかもそのペンは、パイナップルを突き刺す程のペンだ。パイナップルのあの重厚な皮を、ペンが貫いたのだ。そんなことが、ありえるんだろうか? 我々は充分に知っている。パイナップルの防御力が尋常ではないことを。その表面を覆う皮は、地球に存在する様々な表皮の中でもズバ抜けた硬度を誇ることを。

  

彼が取り出したペンは、パイナップルの重厚な鎧をものともしない、高い殺傷能力を持ったエクスカリバーだったのだ。

 

 

しかし、我々一般人が「ペン」というイノベーティブなサービスを利用するに当たって、日常生活で必要以上の「硬さ」や圧倒的な「殺傷能力」を必要とすることはあるだろうか?全くと言って良いほどないだろう。書ければそれで良い。それ以外を求める顧客など何処にもいないし、「異常に硬くて異常に強いペン」を作ったところで、1本も売れやしない。

 

つまりこのエクスカリバーは、そもそも一般顧客の「書く」というニーズに応えるために人間の手で開発されたものではない。防具を貫通するため、人間を殺すため、施設を破壊するため、人類という種の上に立つため、突如として地球に出現したペンなのだ。我々の知るペンとは、全く別の概念としてのペン。

なんて

  

なんて恐ろしいペンなんだ…

 

 

 

 

成る程、これほどまでに恐ろしいペンであるからこそ、パイナップルと融合した後も支配的なポジションにいることが出来たのだろう。パイナップルペン。

  

この名称が表しているのは、圧倒的ペンを前にして、パイナップルの持つ僅かな “生物性” など、何の意味もなかったという事実。これはパイナップルの死体が付着したペン。ペンという圧倒的搾取を前に為す術無く敗れ去ったパイナップルが、ペンの衣装となったのだ。

  

 

 

3:狂気の覚醒

TutuTutu Tututu~

 

独特のリズムは流れ続ける。その音は、人間の混乱を助長するテンポと周波数に調整されている

  

もうピクリとも動かなくなってしまったアップル。重厚な鎧を纏うも貫通を許し、一撃でしとめられてしまったパイナップル。男性は、これ見よがしに2つの死体を見せつけ、「アップペン」「パイナップルペン」と再度それらがペンであることを確認し、そしてそれらを叩き付けるように結合させる

 

「uh」

   

それぞれの死体に刺さったペンがもう片側の死体を刺し、2つの死体は2本のペンで結合される。パイナップルの血しぶきがアップルを染め上げ、アップルの内蔵がだらりと垂れる。

 

殺されたアップルが可哀想… かつて我々はそう思っていた。しかし無垢だった倫理観も、この頃には跡形も無く崩壊し、今では、アップルの死体もパイナップルの死体も、我々にとっては、ただの物体だ。仕方がない。ペンが圧倒的なのだから。

 

ははは... きっとこの、アップルとパイナップルが結合されているこの物体も、これもペン、ペンに違いない。ペンに死体がくっついているだけなんだ。

 

 

 

ピコ太郎は少しの沈黙の後ニヤリと笑い、そして、「ペンの突き刺さった2つの死体」の正体が何なのかを、宣言する。

 

 

  

 

 

「ペンパイナップルアップルペン」

 

 

 

 

 

 

我々群衆はドっと沸き、人間の狂気が姿を現す。

 

 

 

 

ほれみたことか

 

やはり、やはりペンだ。ペンなのだ

 

もう、ペンには誰も勝てないのだ 

 

 

これは「ペンパイナップルペンアップル」でも、「ペンペンアップルパイナップル」でもない。アップルでもパイナップルでもない。ペンだ。ペン。ペンなのだ!ペンに、生物という名のゴミがくっついているだけなのだ!!!!うへ うへへへっh

 

ぶひょひょひょbほおうぁえいおjはおいうぇじょぱwけいおgはいおひ

 

 

 

 

4:神の儀式

TutuTutu Tututu~

 

ペンパイナップルアップルペンが告げられた後も不気味なミュージックは流れ続け、イニシエーションはクライマックスを迎える

 

ピコ太郎と我々は一体となり、何かに陶酔し、神を信じ、祈りを捧げる。ピコ太郎は何の装飾も無い白い部屋の中で滑稽なステップを踏み続け、我々群衆はモニター越しにそれを追従し、小粋なダンスに興じる

    

今では、誰もアップルやパイナップルの生物性を尊ぶものはいない。それは、ペンという圧倒的な存在の前で、微塵の価値も持たない

 

 

 

 

 

ピコ太郎は、「代弁者」である。

 

“ペン” という唯一神の声を聞くことの出来る、ただ1人の人間であり、それは争乱の現代に降り立った救いの使者。

ペンを信じ、ペンを崇める我々は、ピコ太郎に陶酔し、ピコ太郎をみつめて喜び、ピコ太郎の真似をして悦ぶ。信仰に狂い、民族の繁栄を願い、来期の豊作を祈り、万物の想像に感謝し、ピコ太郎が再び天からの啓示を口にする、その時を待つ

 

  

独特のダンスでくるりと一回りしたピコ太郎は、優しく微笑んでから、もう一度だけその言葉を我々に与える

 

 

 

 

 

「ペンパイナップルアップルペン」

 

 

 

 

5:絶望と発見 ―その後の世界

ピコ太郎の動画はシェアされ続け、やがてその思想は支配的なイデオロギーとなり、ペンの生物に対する優位は揺るぎないものとなった。

 

生物であることの尊さが価値を失い、ペンが唯一神となった世界で、全ての人間の価値は、ゼロに限りなく等しくなった

 

 

かつての人間が、道端に落ちている石ころ達の価値には大差がないと認識していたのと同様、圧倒的ペンを前にして、今や人と人との違いには何の意味もない。生物達の価値には大差がなく、人間の価値には大差がなく、人間達はただただ、等しい。

 

 

支配され、軽んじられ、そして皮肉にも、人間は待ち望んだ "平等" を手に入れた。