大学生の時に男3人で「おっパブ」に行った。冬だった。クリスマス近くだった。3人ともおっパブに行くのは初めてだった
おっパブに入る前の言いようのない緊張感は筆舌に尽くし難いものがあった。そもそも「おっパブ」というのがどういうお店なのか、誰一人として理解していなかった
当時大学生だった我々は、理由もなくおっパブに憧れていたのだ。おっパブが何かも分かっていないのに、「おっパブ行きてえ」が口癖だった。おっパブと言ってみたいだけだったのかもしれない。
おっパブというのは、なんか、おっパイ的な感じのお店なんだろう。それくらいに思っていた。とにかくおっパイ性の高い、おっパイ味の溢れる、おっパイ的なお店。おっパブ♡
我々にとっておっパブというのは、あくまで抽象的な概念だったのだ
「おっパイ的である」「おっパイ性が高い」「おっパイ味溢れる」というのが具体的にどのような状況を指すのか。それは全くイメージが出来ていなかった。
ある日居酒屋でひとしきり飲んだ後に繁華街をウロウロした我々は、今日こそは本当におっパブに行こうと盛り上がり、意を決してキャッチの兄ちゃんに声をかけた。
「すみません。おっパブに行きたいんですが。」
我々は、「なるべくハードなやつお願いします」と付け足した。一番おっパブなやつお願いしますと念押しした。兄ちゃんは手慣れた様子でお店を我々に紹介した。彼の提案を聞いてフンフン頷いた我々は、満を持して尋ねた。
「ところで、おっパブって何ですか?」
そこで少し変な空気が流れた。当たり前だ。おっパブが何なのかも分かっていない男達が、異様におっパブに行きたがっている。何ならハードなやつを要求してくる。彼らを駆り立てるもの、何ぞ
少し驚いたキャッチの兄ちゃんは、しかしすぐに冷静を取り戻しておっパブとは何なのか、という質問に回答した。
「ああ、簡単に言うとセクキャバですね。」
我々はこれを聞き、「なるほど」という顔をしたのだ。必要以上に眉間にシワを寄せて、深く頷いてみせた。そうかセクキャバか。ふむふむ。なるほどね。そうだよね。そんな顔をした
無論、「セクキャバ」がどういう店なのか、誰一人として理解していなかった。何ならおっパブよりも分からない単語だった。
「おっパブとは、簡単に言うとセクキャバ」
この粗略な陳述により、我々のおっパブはさらに迷宮の深淵部へと歩みを進めた。もうワケが分からない。おっパブとは簡単に言うとセクキャバ。つまり、セクキャバを難しく言うと、おっパブ...?!
..
雑居ビルの地下一階だった。そこがおっパブだった。店に入るとソファーに横並びに座らされ、お酒は何にするかと聞かれた
極度に緊張していた我々は焼酎をロックで頼み、それで何度も乾杯した。数分後に突如としてオッパイ丸出しの女性が3人現れて、それぞれの男の隣に座った
そこで我々の緊張はピークに達した。まずい。どういう行いが適切なのか。全く分からない。おっパブにおける正しい立ち振る舞いが全く分からない
なにぜ、いきなりオッパイ丸出しの女性が現れたのだ。オッパイ丸出しで、普通に自己紹介をしてくる。どこから来たんですか〜?と何食わぬ顔で世間話をしてくる
こんなことはこれまでの人生で一度もなかった。これまでの人生でいきなりオッパイ丸出しで接近してきた女は、母親だけだ。我々が幼児だった頃の、母親。あれは凄かった。オッパイをおしつけてきた
オッパイを丸出しにしたその女性は普通に会話を続けてくるが、こちらは丸出しにされたオッパイが気になって全く会話に集中できない。
なんならこの感じ。この雰囲気。どう考えてもオッパイは触って良いはずだ。いや触るべきだろう。ただ、どうやって触れば良いんだ?
おっパブの時間は限られていて、お金のない大学生である我々に延長の選択肢はなかった。
正直、キョドりまくっている暇はない。どうにかしてオッパイを触り始めないといけない。しかしオッパイを触ろうにもどのようなロジックで触れば良いのか。ロジック。ロジックが見当たらない
切羽詰まった僕はついにおっパブ嬢の目をみて、懇切丁寧に自分の状況を説明し始めた。
「すみません、大変お恥ずかしながら初めてのおっパブでありまして、経験不足により先ほどからオッパイを触るタイミングが全く掴めておりません。どのようなタイミングで、どのようなロジックで触れば宜しいでしょうか?」
すると、「どうぞ。」と言われた。オッパイ丸出しで、どうぞ。イケメンだった。ロジックが何だと言ってる自分が恥ずかしかった。僕は、「それでは失礼します。」と言ってそのまま触った
触りながらも、普通に日常会話が続いた。「僕は今大学生です。」「そろそろ就活が始まります」「経済学部に所属しており、最近はゼミが忙しいです。」そんな話をしながらオッパイを触り続けた。異様な光景だった。
こ、これがおっパブか... 僕は衝撃を受けた。見知らぬ人のオッパイを触りながら世間話をしたことなど一度もなかった。
何なら相手は、さぞオッパイなど触られていないかのような顔をしながら会話を続けてくる
僕はオッパイの触り方が単調にならないよう、細心の注意を払った。乳首の周りをくるくる指で円を描いてみたり、それを逆回転にしてみたり、少し乳を揉んでみたりした。工夫のある男性だと思われたかった
しかしおっパブ嬢はそれらの工夫に何一つ呼応することなく、こちらの指の変化をガン無視して普通に会話を続けてくる。
一体自分は、何に気を遣って触り方を工夫しているんだろうか。我ながら意味が一切分からない
そこでふと、他の男が気になった。僕は真ん中に座っていたが、左隣に居たのが、Fだ。僕はFを見た
Fは、ガッツリ両手で胸を揉んでいた。Fは、もはや会話などせず、シンプルにオッパイを揉むことに集中していた
世間話をしながら右手で乳首の周りをくるくるしてる僕も不気味だったが、何も会話をせずオッパイに没頭しているFも相当に不気味だった。無言で、せっせと揉んでいる。業者のようだった
おっパブ嬢様はオッパイを揉まれながら喘ぐでも喋るでもなく、ニヤニヤしている。物凄い世界観だ。
会話がないのに二人の間には無限のやりとりがあるようだった。居合いの達人2人が、剣を抜くことなく間合いだけで凌ぎを削っている。そんな感じだった
僕は次に、右隣の男、Yを見た。するとそこには目を疑うような光景が広がっていた。なんと、その男... 揉んでいない...!
Yは一切胸を揉んでいなかったのだ。
僕とFがオッパイに対して様々なアプローチをしかける中、Yは全く胸を揉むことなく、淡々とおっパブ嬢と会話をしている。
「本当は、こんなことしたくないんだろぅ...?」
Yのトークが、こちらにも聞こえてくる。あれだ。間違いない。シンプルにおっパブ嬢を口説いている。
三者三様とは言え、僕はYの戦略には心底圧倒された。
やたらオッパイを触る僕とFを尻目に、「自分はそんなことするような男じゃない」というスタンスで差別化をはかり、それを強みに、おっパブ嬢を口説いているのだ
僕は自分が恥ずかしくなった。ゼミの話をしながら乳首の周りをくるくるしてしまっている。もう取り返しのつかないくらい、くるくるしてしまっている。いまさら、「俺はそんな男じゃない」というスタンスには切り替えられない
「もう安心して大丈夫やで...?」
生暖かい声で囁きかけるYのトークは、止まらない。おっパブ嬢にブラを付けさせて、肩に手を回して入念に口説きにいっている
凄い奴だ。さっきまであんなに「おっパブ行きてえ!」と騒いでたのに、いざおっパブに着いたら手のひらを返したようにスタンスを変えて、突然モテにいく
おっパブでオッパイを触らないという彼の余裕が一瞬カッコ良く見えたが、直後、自分の中で、Yに対する違和感と不信感が爆発した。なんだ? あいつは何をやってるんだ..?
っていうか、あれはモテるのか?何か、オカシイ気がする
そもそも、おっパブでオッパイ触らないと、カッコイイのか? いや、そりゃ街中でいきなりオッパイ触って来るやつと触ってこない奴だったら、触ってこない奴のが良いに決まってる
ただ、ここは街中じゃねえ。おっパブだ。本当に、お前のその「俺はいきなりオッパイを触ったりしねえ」っていうスタンスは、おっパブにおいてカッコイイ振る舞いなのか?
いや、むしろ怖くないか? ここ、控えめに言ってもオッパイ触る場所ですよね? オッパイ触ることを求められている場所ですよね?
ここでオッパイを触らないって、あからさまにTPOわきまえてないし、なんなら、見る人によっては逆に「セクハラ」じゃないのかね、それは。
オッパイの一つも触らずに「本当はこんなことしたくないんだろ?」と言いながらそっとブラ付けてくるやつ。
そいつは短期的にはオッパイ触らなくて良いかもしれないけど、一方で長期的に見るとストーカーとかになるリスクがあるだろ絶対
多分、いやもう確信に近いけど、その子、むしろ触って欲しいのではないかと思うよオッパイ。今、お前怖いもん。オッパイ触ってこないお前、怖いもん
っていうか、「本当はこんなことしたくないだろ」っていう君の一方的な理論、なに?
いや、普通に「したい」かもしれないじゃん。もしくは超楽なバイト、くらいの感覚かもしれないし。彼女達には彼女達の状況と考え方があって、君がどんなに想像しても完全に分かることはないだろうよ
むしろ突如として自分の価値観押し付けてひとりでに同情し始める男の奥底に煮えたぎる業火の如き下心が、実際のところ世界で一番怖い。
極めつけは「もう安心して大丈夫やで?」だと...?
君はいつの間に悲劇のヒロインを救う正義のヒーローになったのかね?今一度よく確認した方が良いと思うけど、君が今いるの、おっパブですよ?
オッパイを揉む為に金払ってイケシャーシャーとおっパブに入って来た男性に対して、一番抱き辛い感情が「安心感」ですよね?
突然、前触れもなく包容力発揮するの、やめてもらっていいかな?たぶん、今、きみ宇宙一特殊な思想振りかざしてると思うよ 本当に
いや、とはいえ、この場における正解が「乳首の周りを指でくるくるすること」ではないこと。それくらいは想像ついてるよ俺も。これはこれで、「何か違うな」とは思ってる
何か違うどころか、「絶対に違う」と確信を持ってるよ。まさかゼミの研究内容を話しながら乳首の周りをくるくるしたり、それを逆回転させたりするのが正しい振る舞いなわけない。それが正しさだとしたら、いよいよ狂気だ
俺はね、ずっと違和感を感じながらも、他に選択肢がなくて、引っ込みがつかなくて、それでずっとくるくるしてるんだ。何もこのスタンスに自信を持ってるわけじゃないし、君の口説きにいくスタンスより崇高だなんて言うつもりも毛頭ない
なんなら、ちょっと「揉み」をはさんでみたり、くるくるの半径を変えたりして微妙に変化をつけていることが、相手からすると鬼のように気持ち悪い可能性もある。というかその可能性の方が高いだろう
これは、あれだわ。後ほど「回転野郎」というあだ名でお店の子の間でネタにされるリスクが高まって来てるわ。あの回転野郎、マジでウケるんだけど〜 とイジられるだろう
よかれと思って触り方を工夫すれば工夫するほど、泥沼のようにアカン方向に転げ落ちて行く、そういう負のスパイラルに、俺は嵌っているんだ
これは即ち、何をすれば良いか分からず暗中模索の五里霧中となった結果、死に物狂いで繰り出した渾身の一手がしっかり裏目に出た状態だね。最も人に見られたくない、一番恥ずかしい姿を今さらしているよ。死にたい。殺してくれ
ただ、Y。俺はお前にこれだけは伝えておきたい。今、俺達3人は目くそ鼻くその争いをしているんだ。無言でオッパイに没頭してる男と、乳首の触り方に趣向を凝らす男と、いきなり「俺はあいつらと違う」とイキり出すお前と、その3人はあくまで並列なんだと、言いたい
俺達は誰も勝ってない。ましてや誰も負けてなんかいないんだ。オッパイ丸出しの女性が現れた瞬間、確かに何かを試されているような気がした。でも彼女達は試してすらいなかったんだ。きっとこの徹底された混沌こそ、俺達が夢見続けたおっパブという世界なんだ...
3人は答えのない世界で必死にそれぞれの時間を生きた。おっパブの終わりは突如として訪れた。持ち時間が終わったのではない。無言でオッパイに没頭していたFが、突然、乳首を「舐めた」
どうも「乳首舐め」は明確に違反だったらしい。突如として現れた怖めのお兄さんにFはつまみ出され、僕たちもそのタイミングで店を出るよう言われてその場を後にした。とんでもなく後味の悪い終わり方だった
店から出ると、「やっぱ、舐めたらあかんかってんな〜」とFが悲しそうな声で言った。舐めたらあっかん〜舐めたらあっかん〜と、Yが天童よしみのCMソングを歌った。さっきまでイケメン気取りで口説いてたのに、おっパブを出たらキャラが戻った
その時の街がとにかくクリスマス一色で、それ以降、クリスマスになる度におっパブで口説いてた彼の生暖かい犯罪者ヴォイスが脳内に蘇ってくる。「ホントウは、コンナこと、シタクないんだろぉぉおぉっぉぉぉおううぅぅぅう??☆?bじょっふぉおっほほ☆?」
以上です。メリークリスマス。