2014年5月1日 ーサラリーマンだったKumagaiがどこかに書きなぐった日記より
月曜に休みを取って4連休遊び呆けた後、今朝、久しぶりに満員電車に乗り、うおーダリぃカッたりぃ死ぬ死ぬ と思いながらボーッとしていると、小太りでメガネのオジさんが横に立っているのを見つけました。
彼は異様な程眉間にシワを寄せ、一心不乱に日本経済新聞を読んでいました。
それはそれは食い入るように読み散らかしていました。
彼は眉間にシワを寄せてから眉間にシワを寄せ、そして一呼吸おいてからさらに入念に眉間にシワを寄せていました。
その眉間は、同じ車両に散見される他の眉間とは一線を画す、正にモノホンの眉間でした。
水曜日とは思えない、鬼の眉間でした。
脂ぎった額にこれでもかと言うほど左右から圧力を掛け、プレスされた皮膚は奥羽山脈のようにうねり、炭素と毛穴で構成されたその狭間の世界は禍々しい光沢を放ち、良からぬ「何か」が著しくそこに凝縮しているようでした。
そう、彼は身体中の筋肉のうち96%を額に注ぎ込み、そのパワーで自らの額をストイックなまでに徹底的に絞り上げ、「まだ足りぬ」と彼が120%の力を注ぎ込んだ時、彼の額には100%を越えた歪みが現れ、その信じがたい程に練り上げられた人皮の歪みが成すモダン・アートを人はただ眉間と呼び、恐れ、泣き叫びました。
オジさんの一部、いやオジさんの付着物であったはずの眉間は、実はそれ自体に本質があり、むしろ 「オジさん」の方が付着物であったということを理解するのに、そう多くの時間は掛かりませんでした。
ストレス、承認欲求、性欲、プライド、支配欲、資本主義、キャバクラ、不安といった、彼を構築する要素は全て額の歪みに凝縮され、それは未曾有のエネルギー体としてただ存在し、眉毛の間の敷地で産声をあげ、頭角を表し、異臭を放ち、見るものを圧倒しました
それはやがて大木を薙ぎ倒し、暴利を貪り、五臓六腑に響き渡り、希望を粉砕し、音を置き去りにし、空は荒れ、風は止み、海は轟き、大地はひび割れ、草木は枯れ、生命は絶え、業火は燃え盛り、摩天楼は空を笑い、宇宙は唸りをあげ、時は流れることをやめ、3次元の世界は終わりを告げました
万物はただ絶望の前にひれ伏し、世界は色を失い、ただ、静かな、無限に続く虚構が、永遠の「無」が、横たわっていました
それは形や色のように人間の五感で感知できるものでなく
ただ、”何もない” という概念としてそこに佇んでいました
万物が消え去った終わりの世界で
くたびれた無限に目をやり、
そして
屯田兵は言いました
「それでも愛を、信じている」
森に降り注いだ光を見て
虫達は屍の上を無邪気に飛び回り
キコリ達は少し笑ってから頷き
カモメが、一斉に飛び立ちました