もはや日記とかそういう次元ではない

そう、それは日記という既存の枠組みに一切捕われることのない、余りにも宇宙的でユニバースな、それでいてユニバーサルでユニセックスでリバーシブルな、日々の出来事を綴る、例のあれ。日記。

スタバの店員が非常に特殊相対性理論だった

 

つい先ほどの話。次の予定まで1時間くらい間があるので仕事でもしようと思い、何気なく駅前のスタバに入った。シャレ乙な空気を楽しんで一人満足気な笑みを浮かべる生粋のスタバユーザーなのだ。

 

いつもの通り、アイスコーヒーのトールサイズを頼んだ。「345円になります」 

 

指定された金額を払うために、財布の中を確認する。1000円札を取り出そうと思い、ふと小銭入れを除くと相当枚数の硬貨が入っている。おや、これは探せばピッタリ払えるかもしれない。

 

ジャラジャラと小銭をかき分けて、ついに100円玉3枚と10円玉4枚を見つけた。あと5円玉が…、あれ?ない。5円玉ないか。

 

あ、でも1円玉が、あ、1円玉が5枚ある。あれ?なんで1円玉、5枚もあるんだろう。まあ、いいか。丁度払えたし。ピッタリ払えてなんだか気分が良い。

 

私の差し出した硬貨を引き取った店員は、その対価として、すでに準備を終えていたアイスコーヒーを差し出してきた。こちらがジャラジャラとやっている間にサッといれたのだろうか。スタバのアイスコーヒーはいつも準備が早い。「お待たせ致しましたアイスコーヒーのトールサイズで御座います。」

 

 

オマタセ☆イタシマシタ...?

 

 

 

 

 

何かがおかしい。私の記憶が正しければ、私はアイスコーヒーを受け取るまでに1秒たりとも「待って」はいない。むしろ待っていたのは僅差で先にアイスコーヒーの準備を終えてしまった相手の方だろう。

 

しかし相手の店員は時間をとってしまい申し訳ないとばかりに「オマタセ☆イタシマシタ」を唱えた。確かに唱えた。そして許して下さいとばかりにペコリと頭を下げている。なぜだ。なぜなんだ。

 

彼のお待たせ致しましたが正しいと仮定すると、それはつまり、彼が私を「待たせてしまった」と思っているということなのであり、2人の体感した時間に「ズレ」が生じているということだ。

 

改めて彼の顔を見つめると、表情からして、私が20秒ほどジャラジャラしている間に、彼は4分ほどの時間を過ごしていたようである。

 

「4分ほど待たせてしまい、すみません」そんな顔をしている。そんなトーンでのオマタセ☆イタシマシタ。一方の私は20秒しか過ごしていない。特殊相対性理論。

 

恐らくこれは、特殊相対性理論を用いて説明するしかないだろうと思う。この理論をご存知だろうか?

 

これは今から100年ほど前にアインシュタインという死ぬほど頭の良いアフロ風の外国人男性が提唱した理論であり、あらゆる物理学の見識を無視して大胆に一部だけ抜き取ると、「速く移動している物体ほど、ゆっくり時間が流れる」のだという。

 

「速く移動している」、というのは文字通り鬼のようなスピードで移動しているということであり、具体的には光の速さに近いレベル感である。例えば私とあなたが同じ時計をし、2つを同じ時刻を指し示す状態にセットする。2つの時計の指す時刻は15:00。

 

その後私が宇宙船にのって鬼のようなスピードで宇宙を旅した後、帰ってくる。すると私の時計は16:00を指していて1時間しか進んでいないが、あなたの時計が指しているのは17:30。あなたは、2時間半を過ごしている。これは、実際に起こる現象だ。

 

これが、駅前のスターバックスで起こってしまった。そう解釈するしかない。私の時間は20秒しか流れなかったが、店員の口ぶりから彼の時間は間違いなく4分程度は流れているのだ。

 

この揺るぎない事実が指し示すたった一つの事実。それは私が「鬼のようなスピードで動いていた」ということである。

 

自分自身が、鬼のようなスピード、それこそ光速に近いスピードで動いていたのかというとそんな自覚は一切なかったが、確かに今思い出してみるとスタバの店内は思ったよりも寒く、少しブルブルと震えていたということはある。

 

自分では、ただ「寒いので少しブルっと来た」くらいだと思っていたが、恐らくその「ブルブル」が光の速さに限りなく近い異次元な反復運動となっており、自分は意図せずして驚異的なスピードで左右に動く光速の肉塊と化していたのだ。

 

それにより私の時間がゆっくり流れ、“店員の時間” と “私との時間” の間に、ズレが生じてしまった。凄い事象だ。

 

ちょっとした身震いによる身体全体の動きが、意図せず光速に近付いてしまった。これは正に自らの卓越したインナーマッスルが為した奇跡であり、今後寒気により他人との時間にズレが生じてしまう事案には、充分気をつけないといけない。

 

そして気を取り直して仕事でもしようと思った私はしかし、ふと更なる恐るべし事実に気付いた。それは私が先ほど光速で左右に移動している間、私以上のスピードで動いていた物体の存在。私の「指」だ。

 

思えば、「私」が小刻みに光速で左右に揺れている間、1円玉を探すべくジャラジャラと動いていたその「指」は、私本体のスピードに加えて、オントップで鬼のように素早く動いていた。

 

ジャラジャラ、ジャラジャラ。指は私のブルブルに加えて自発的な動きを独自に追加することで、結果的に光速の75兆倍を遥かに凌ぐスピードで動き倒し、財布の中の小銭達は指に鬼シェイクされることで狂ったように舞い踊り、砕け散り、狂喜乱舞し、小銭入れはエクストリームなカーニバルと化していた。

 

そう、その間、「指」は「私本体」よりも圧倒的に速いスピードで動いていたのだ。特殊相対性理論に基づいて考えれば、私が20秒だと感じていたその期間は、「指」にとっては3秒くらいの出来事だっただろう。

 

そこには明確に時間のズレが生じていたはずだ。つまり私は指に「お待たせ致しました」と言わないといけないのか...?

 

 

違う。ここで指に対して私が「お待たせ致しました」を言ってしまうと、かつて私が店員から感じた違和感と全く同じ違和感を、「指」に与えてしまうことになる。光速で動いていた指にとっては、あれはあくまで3秒程度の出来事だったのだ。私が指に「お待たせ致しました」を言う必要はない。

 

そして何より、自分が「自分の指」に「お待たせ致しました」を言う必要があるのか・ないのかという問題に関しては、特殊相対性理論の議論以前に、より重要な「人間としての常識的な振る舞い」という観点が絡んで来る。そこは外国人やカップルで賑わう、スターバックスの片隅。

  

「自分の指に語りかける男性」の存在は、他のお客様を圧倒してしまう可能性が極めて高いだろう。一人で椅子に腰掛けた男性が自分の指をマジマジと見つめ、何かを思い詰めたような表情で指に向かって、「大変、お待たせ致しましたぁぁぁああああああああああぁぁあああっぁぁあああ!!!!」

 

 

それこそ今度は店内の時間が完全に「止まって」しまうかもしれない。堪え難い空気感になる。それだけは避けないといけない。

 

そんなことをさっきからずっと考えています。1時間以上たっているので予定には遅刻しています。バーベキューとか、したい季節ですね。